「お家騒動」
一澤信三郎帆布


2006年4月6日、一澤信三郎帆布が開店しました。

ご存知の方もあろうかと思いますが、
ここの○○がスゴイNo.54で紹介させて頂いた「一澤帆布」が
三代目の先代の会長さんが亡き後の相続争いにより分裂、
社長を解任された三男の信三郎氏が一澤帆布の道を隔てた場所に
一澤信三郎帆布を開店したんです。

ご存じない方の為に事の経緯を少し・・・

−−−→

2001年に三代目の先代の会長さんが死去。
弁護士に預けられていた遺書(和紙に毛筆、実印)は
「お店は三男、長男には銀行預金の7割5分、残りと自宅は四男に」
・・・というもの。
実際問題、
店は社長である三男信三郎氏が切り盛りしており
銀行員だった長男は全く店に寄りつかず(名古屋に在住)、
四男は身体が悪くほとんど出社もできないような状態。
さらに、、
亡き会長は三男信三郎夫妻と同居しており、
信三郎氏の奥様は手厚い介護もされていたんです。

ところが
長男が別の遺書(便箋にボールペン、三文判)を出してきたんです。
その内容は、長男と四男に店を相続させることになっており
三男信三郎氏には経営から手を引かせるという事だけではなく、
三男信三郎夫妻に対する散々の悪口が書き連ねてあったんです。

当然、裁判になったんですが、
なぜか最高裁は長男の遺書を本物としたんです。
先代が明らかに使わない字体や表現が使われていたり、
先代を知る人の誰も見た事の無い三文判が押されてたりするのに・・。

で、
三男信三郎氏ら役員は長男により全員解任。
職人さんたちは、
今まで店の関わった事の全く無い長男に対してNoを突きつけ、
三男信三郎氏とともに新会社を作る運びとなったんです。
それだけではなく、
今までの一澤帆布の仕入先、得意先も全て信三郎氏に着いていくことになり、今後は一切、一澤帆布との取引は行わないとか・・・。

←−−−

・・・ってのが大体の顛末です。

まだ、私は「一澤信三郎帆布」店には行ってないのですが、
聞いた話では、従来のものより色も鮮やかで種類も多く
何よりデザインが多彩だとのこと。
もちろん、
一澤帆布の特徴である無期限のアフターサービスも継承しますよ。

「よぉ〜し、次の休みは京都に行くぞぉ〜!!」


・・・・

今回のアラカルトは
スゴイNo.54の後日談というか訂正記事的な内容になってしまいました。
私自身がとっても思い入れのある商品というか・・・お店だっただけに
寂しいような悲しいような気分です。